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 第二章


 結果から言おう。そのまさかだった、と。

 その後の休み時間、ハルヒはいつものように一人で教室から出て行くことはなかった。その代わり、俺の手を強引ごういんに引いて歩き出した。教室を出て廊下ろうかをずんずん進み階段を一段飛ばしで登り屋上へ出るドアの前に来て停止する。

 屋上へのドアは常時施錠せじょうされていて、四階より上の階段はほとんど倉庫代わりになっている。多分美術部だろう。でかいカンバスやら壊こわれかけのイーゼルやら鼻のかけたマルス像やらがところ狭せましと積み上げられていて、実際狭い。しかも薄暗うすぐらい。

 こんな所に連れ込んで俺をどうしようと言うんだ。

「協力しなさい」

 ハルヒは言った。今、ハルヒがつかんでいるのは俺のネクタイだ。頭一つ分低い位置から鋭するどい眼光が俺に迫せまっている。カツアゲされているような気分だよ。

「何を協力するって?」

 実は解わかっていたが、そう訊きいてみた。

「あたしの新クラブ作りよ」

「なぜ俺がお前の思いつきに協力しなければならんのか、それをまず教えてくれ」

「あたしは部室と部員を確保するから、あんたは学校に提出する書類を揃そろえなさい」

 聞いちゃいねえ。

 俺はハルヒの手を振りほどくと、

「何のクラブを作るつもりなんだ?」

「どうでもいいじゃないの、そんなの。とりあえずまず作るのよ」

 そんな活動内容不明なクラブを作ったとして学校側が認めるか大いに疑問だがな。

「いい? 今日の放課後までに調べておいて。あたしもそれまでに部室を探しておくから。いいわね」

 よくない、などと言えばこの場で撲殺ぼくさつされそうな気配だった。俺が何と返答すべきかを考えているうちにハルヒは身を翻ひるして軽妙けいみょうな足取りでさっさかと階段を降りていき、ホコリっぽい階段の踊おどり場で途方とほうに暮れる一人の男が残された。

「......俺はイエスともノーとも言っていないんだが......」

 石膏せっこう像に問いかけるのもむなしく、俺は好奇こうき心のかたまりになっているであろうクラスメイトどもに何と挨拶あいさつして教室に入ろうかと考えながら歩き出した。


「同好会」の新設に伴ともなう規定。

 人数五人以上。顧問こもんの教師、名称めいしょう、責任者、活動内容を決定し、生徒会クラブ運営委員会で承認されることが必要。活動内容は創造的かつ活力ある学校生活を送るに相応ふさわしいものに限られる。発足ほっそく以降の活動・実績によって「研究会」への昇格しょうかくが運営委員会において動議される。なお、同好会に留とどまる限り予算は配分されない。


 わざわざ調べるまでもなかった。生徒手帳の後ろのほうにそう書いてある。

 人数は適当に名前だけ借りるとかして揃えることも可能だろう。顧問はなかなか難しいが、何とかだまくらかしてなってもらうという手もある。名称も当り障さわりのないものにする。責任者は勿論もちろんハルヒでいい。

 だが、賭かけてもいいがその活動内容が「創造的かつ活力ある学校生活を送るに相応しいもの」になることはないだろう。

 そう言ったんだけどな。自分の都合の悪いことには聞く耳を持たないのが涼宮ハルヒの涼宮ハルヒたるゆえんである。


 終業のチャイムが鳴るや否いなや俺のブレザーの袖そでを万力のようなパワーで握にぎりしめたハルヒは拉致らち同然に俺を教室から引きずり出してたったかと早足で歩き出した。鞄かばんを教室に置き去りにしないようにするのが精一杯せいいっぱいだった。

「どこ行くんだよ」

 俺の当然の疑問に、

「部室っ」

 前方をのたりのたり歩いている生徒たちを蹴散けちらす勢いで歩みを進めつつハルヒは短く答え、後は沈黙ちんもくを守り通した。せめて手は離はなせ。

 渡わたり廊下を通り、一階まで降り、いったん外に出て別校舎に入り、また階段を登り、薄暗い廊下の半ばでハルヒは止まり俺も立ち止まった。

 目の前にある一枚のドア。

 文芸部。

 そのように書かれたプレートが斜ななめに傾かしいで貼はり付けられている。

「ここ」

 ノックもせずにハルヒはドアを引き、遠慮えんりょも何もなく入っていった。無論俺も。

 意外に広い。長テーブルとパイプ椅子いす、それにスチール製の本棚ほんだなくらいしかないせいだろうか。天井てんじょうや壁かべには年代を思わせるヒビ割れが二、三本走っており建物自体の老朽化ろうきゅうかを如実にょじつに物語っている。

 そしてこの部屋のオマケのように、一人の少女がパイプ椅子に腰掛こしかけて分厚いハードカバーを読んでいた。

「これからこの部室が我々の部室よ!」

 両手を広げてハルヒが重々しく宣言した。その顔は神々こうごうしいまでの笑えみに彩いろどられていて、俺はそういう表情を教室でもずっと見せていればいいのにとか思ったが言わずにおいた。

「ちょっと待て。どこなんだよ、ここは」

「文化系部の部室棟とうよ。美術部や吹奏楽すいそうがく部なら美術室や音楽室があるでしょ。そういう特別教室を持たないクラブや同好会の部室が集まっているのがこの部室棟。通称つうしょう旧館。この部室は文芸部」

「じゃあ、文芸部なんだろ」

「でも今年の春に三年生が卒業して部員ゼロ、新たに誰だれかが入部しないと休部が決定していた唯一ゆいつのクラブなのよ。で、このコが一年生の新入部員」

「てことは休部になってないじゃないか」

「似たようなもんよ。一人しかいないんだから」

 呆あれた野郎やろうだ。こいつは部室を乗っ取る気だぞ。俺は折りたたみテーブルに本を開いて読書にふける文芸部一年生らしきその女の子に視線を振ふった。

 眼鏡めがねをかけた髪かみの短い少女である。

 これだけハルヒが大騒おおさわぎしているのに顔を上げようともしない。たまに動くのはページを繰くる指先だけで残りの部分は微動びどうだにせず、俺たちの存在を完璧かんぺきに無視してのけている。これはこれで変な女だった。

 俺は声をひそめてハルヒに囁ささやいた。

「あの娘こはどうするんだよ」

「別にいいって言ってたわよ」

「本当かそりゃ?」

「昼休みに会ったときに。部室貸してっていったら、どうぞって。本さえ読めればいいらしいわ。変わっていると言えば変わっているわね」

 お前が言うな。

 俺はあらためてその変わり者の文芸部員を観察した。

 白い肌はだに感情の欠落した顔、機械のように動く指。ボブカットをさらに短くしたような髪がそれなりに整った顔を覆おおっている。出来れば眼鏡を外したところも見てみたい感じだ。どこか人形めいた雰囲気ふんいきが存在感を希薄きはくなものにしていた。身も蓋ふたもない言い方をすれば、早い話がいわゆる神秘的な無表情系ってやつ。

 しげしげと眺ながめる俺の視線をどう思ったのか、その少女は予備動作なしで面おもてを上げて眼鏡のツルを指で押さえた。

 レンズの置くから闇やみ色の瞳ひとみが俺を見つめる。その目にも、唇くちびるにも、まったく何の表情も浮うかんでいない。無表情レベル、マックスだ。ハルヒのものとは違ちがって、最初から何の感情も持たないようなデフォルトの無表情である。

「長門有希ながとゆき」

 と彼女は言った。それが名前らしい。聞いた三秒後には忘れてしまいそうな平坦へいたんで耳に残らない声だった。

 長門有希は瞬まばたきを二回するあいだぶんくらい俺を注視すると、それきり興味を失ったようにまた読書に戻もどった。

「長門さんとやら」俺は言った。「こいつはこの部室を何だか解わからん部の部室にしようとしてんだぞ、それでもいいのか?」

「いい」

 長門有希はページから視線を離はなさずに答える。

「いや、しかし、多分ものすごく迷惑めいわくをかけると思うぞ」

「別に」

「そのうち追い出されるかもしれんぞ?」

「どうぞ」

 即答そくとうしてくるのはいいが、まるで無感動な応答だな。心の底からどうでもいいと思っている様子である。

「ま、そういうことだから」

 ハルヒが割り込んできた。こっちの声はやたらに弾はずんでいる。なんとなく、あまりいい予感がしなかった。

「これから放課後、この部室に集合ね。絶対来なさいよ。来なかったら死刑しけいだから」

 桜満開の笑みで言われて、俺は不承不承ながらうなずいた。

 死刑はいやだったからな。

 こうして部室を間借りすることになったのいいが、書類のほうはまだ手つかずである。だいたい名称めいしょうも活動内容も決まっていないのだ。先にそれを決めてからにしろと言ったんだが、ハルヒにはまた別の考えがあるようだ。

「そんなもんはね、後からついてくるのよ!」

 ハルヒは高らかにのたまった。

「まずは部員よね。最低後二人はいるわね」

 ってことはなんだ、あの文芸部員も頭数に入れてしまっているのか? 長門有希を部室に付属する備品か何かと勘かん違いしているんじゃないか?

「安心して。すぐに集めるから。適材な人間の心当たりはあるの」

 何をどう安心すればいいのだろう。疑問は深まるばかりである。


 次の日、一緒いっしょに帰ろうぜと言う谷口と国木田に断りを入れて俺は、しょうがない、部室へと足を運んだ。

 ハルヒは「先にいってて!」と叫さけぶや陸上部が是非ぜひ我が部にと勧誘かんゆうしたのも解るスタートダッシュで教室を飛び出した。足首にブースターでも付いているのかと思いたくなる勢いだ。おそらく新しい部員を確保しに行ったのだろう。とうとう宇宙人の知り合いでも出来たんだろうか。

 通学鞄かばんを肩かたに引っかけて俺は乗り気のしない足取りで文芸部に向かった。


 部室にはすでに長門有希がいて、昨日とまったく同じ姿勢で読書をしておりデジャブを感じさせた。俺が入ってきてもピクリともしないのも昨日と同じ。よく知らないのだが、文芸部ってのは本を読むクラブなのか?

 沈黙ちんもく。

「......何を読んでんだ?」

 二人して黙だまりこくっているのに耐たえかねて俺はそう訊きいてみた。長門有希は返事の代わりにハードカバーをひょいと持ち上げて背表紙を俺に見せる。睡眠薬すいみんやくみたいな名前のカタカナがゴシック体で躍おどっていた。SFか何かの小説らしい。

「面白おもしろい?」

 長門有希は無気力な仕草で眼鏡めがねのブリッジに指をやって、無気力な声を発した。

「ユニーク」

 どうも訊かれたからとりあえず答えているみたいな感じである。

「どういうところが?」

「ぜんぶ」

「本が好きなんだな」

「わりと」

「そうか......」

「......」

 沈黙。

 帰っていいかな、俺。

 テーブルに鞄を置いて余っていたパイプ椅子いすに腰こしを下ろそうとしたとき、蹴飛けとばされたようにドアが開いた。

「やあごめんごめん! 遅おくれちゃった! 捕つかまえるのに手間取っちゃって!」

 片手を頭の上でかざしてハルヒが登場した。後ろに回されたもう一方の手が別の人間の腕うでをつかんでいて、どう見ても無理矢理連れてこられたと思おぼしきその人物共々、ハルヒはズカズカ部室に入ってなぜかドアに錠じょうを施ほどこした。ガチャリ、というその音に、不安げに震ふるえた小柄こがらな身体からだの持ち主は、またしても少女だった。

 しかもまたすんげー美少女だった。

 これのどこが「適材な人間」なんだろうか。

「なんなんですかー?」

 その美少女も言った。気の毒なことに半泣き状態だ。

「ここどこですか、なんでわたし連れてこられたんですか、何で、かか鍵かぎを閉めるんですか? いったい何を、」

「黙りなさい」

 ハルヒの押し殺した声に少女はビクッとして固まった。

「紹介しょうかいするわ。朝比奈あさひなみくるちゃんよ」

 それだけ言ったきり、ハルヒは黙り込んだ。もう紹介終わりかよ。

 名状しがたき気詰きづまりな沈黙が部屋を支配した。ハルヒはすでに自分の役割を果たしたみたいな顔で立ってるし、長門有希は何一つ反応することなく読書を続けてるし、朝比奈みくるとかいうらしい謎なぞの美少女は今にも泣きそうな顔でおどおどしてるし、誰だれかなんか言えよと思いながら俺はやむを得ず口を開いた。

「どこから拉致らちして来たんだ?」


「拉致じゃなくて任意同行よ」

 似たようなもんだ。

「二年の教室でぼんやりしているところを捕まえたの。あたし、休み時間には校舎をすみずみまで歩くようにしてるから、何回か見かけて覚えていたわけ」

 休み時間に絶対教室にいないと思ったらそんなことをしていたのか。いや、そんなことより、

「じゃ、この人は上級生じゃないか!」

「それがどうかしたの?」

 不思議そうな顔をしやがる。本当に何とも思っていないらしい。

「まあいい......。それはそれとして、ええと、朝比奈みくるさんか。なんでまたこの人なんだ?」

「まあ見てごらんなさいよ」

 ハルヒは指を朝比奈みくるさんの鼻先に突つきつけ彼女の小さい肩をすくませて、

「めちゃくちゃ可愛かわいいでしょ」

 アブナイ誘拐ゆうかい犯のようなことを言い出した。と思ったら、

「わたしね、萌もえってけっこう重要なことだと思うのよ」

「......すまん、何だって?」

「萌えよ萌え、いわゆる一つの萌え要素。基本的にね、何かおかしな事件が起こるような物語にはこういう萌えでロリっぽいキャラが一人はいるものなのよ!」

 思わず俺は朝比奈みくるさんを見た。小柄である。ついでに童顔である。なるほど、下手をすれば小学生と間違まちがってしまいそうでもあった。微妙びみょうにウェーブした栗色くりいろの髪かみが柔やわらかく襟元えりもとを隠かくし、子犬のようにこちらを見上げる潤うるんだ瞳ひとみが守ってください光線を発しつつ半開きの唇くちびるから覗のぞく白磁の歯が小ぶりの顔に絶妙ぜつみょうなハーモニーを醸かもし出し、光る玉の付いたステッキでも持たせたらたちどころに魔女まじょっ娘こにでも変身しそうな、って俺は何を言っているんだろうね?

「それだけじゃないのよ!」

 ハルヒは自慢じまんげに微笑ほほえみながら朝比奈みくるさんなる上級生の背後に回り、後ろからいきなり抱だきついた。

「わひゃああ!」

 叫さけぶ朝比奈さん。お構いなしにハルヒはセーラー服の上から獲物えものの胸をわしづかみ。

「どひぇええ!」

「ちっこいくせに、ほら、あたしより胸でかいのよ。ロリ顔で巨乳きょにゅう、これも萌えの重要要素の一つなのよ!」

 知らん。

「あー、本当におっきいなー」

 終しまいにはハルヒはセーラー服の下から手を突っ込んでじかに揉もみ始めた。おーい。

「なんか腹立ってきたわ。こんな可愛らしい顔して、あたしより大きいなんて!」

「たたたす助けてえ!」

 顔を真っ赤にして手足をバタつかせる朝比奈さんだが、いかんせん体格の差はいかんともしがたく、調子に乗ったハルヒが彼女のスカートを捲まくり上げかけたあたりで背中にへばりついている痴漢ちかん女を引きはがした。

「アホかお前は」

「でも、めちゃデカイのよ。マジよ。あんたも触さわってみる?」

 朝比奈さんは小さく、ひいっ、と悲鳴を漏もらした。

「遠慮えんりょしとく」

 そう言うしかあるまい。

 驚おどろくべきことに、この間、長門有希は一度も顔を上げることなく読書にふけり続けていた。こいつもどうかしている。

 それからふと気付いて、

「すると何か、お前はこの......朝比奈さんが可愛くて小柄こがらで胸が大きかったからという理由なだけでここに連れてきたのか?」

「そうよ」

 真性のアホだ、こいつ。

「こういうマスコット的なキャラも必要だと思って」

 思うな、そんなこと。

 朝比奈さんは乱れた制服をパタパタ叩たたいて直し、上目遣うわめづかいに俺をじっと見た。そんな目で見られても困る。

「みくるちゃん、あなた他ほかに何かクラブ活動してる?」

「あの......書道部に......」

「じゃあ、そこ辞やめて。我が部の活動の邪魔じゃまだから」

 どこまでも自分本位なハルヒだった。

 朝比奈さんは、飲む毒の種類は青酸カリがいいかストリキニーネがいいかと訊きかれた殺人事件の被害者ひがいしゃのような顔つきでうつむき、救いを求めるようにもう一度俺を見上げ、次に長門有希の存在に初めて気付いて驚愕きょうがくに目を見開き、しばらく視線を彷徨さまよわせてからトンボのため息ような声で「そっかー......」と呟つぶやいて、

「解わかりました」と言った。

 何が解ったんだろう。

「書道部は辞めてこっちに入部します......」

 可哀想かわいそうなくらいに悲愴ひそうな声である。

「でも文芸部って何するところなのかよく知らなくって、」

「我が部は文芸部じゃないわよ」

 当たり前のように言うハルヒ。

 目を丸くする朝比奈さんに、俺はハルヒに代わって言ってあげた

「ここの部室は一時的に借りてるだけなんです。あなたが入られようとしているのは、そこの涼宮がこれから作る活動内容未定で名称めいしょう不明の同好会ですよ」

「......えっ......」

「ちなみにあっちで座って本読んでいるのが本当の文芸部員です」

「はあ......」

 愛くるしい唇をポカンと開ける朝比奈さんはそれっきり言葉を失った。無理もあるまい。

「だいじょうぶ!」

 無責任なまでの明るい笑顔えがおでハルヒは朝比奈さんの小さい肩かたをどやしつけた。

「名前なら、たった今、考えたから」

「......言ってみろ」

 期待値ゼロの俺の声が部屋に響ひびく。出来ればあまり聞きたくない。そんな俺の思いなど頓着とんちゃくするはずもない涼宮ハルヒは声高らかに命名の雄叫おたけびを上げたのだった。


 お知らせしよう。何の紆余曲折うよきょくせつもなく単なるハルヒの思いつきにより、新しく発足ほっそくするクラブの名は今ここに決定した。

 SOS団。

 世界を大いに盛り上げるための涼宮ハルヒの団。

 略してSOS団である。

 そこ、笑っていいぞ。

 俺は笑う前に呆あきれたけどな。

 なぜに団かと言うと、本来なら「世界を大いに盛り上げるための涼宮ハルヒの同好会」とすべきなんだろうが、なにしろまだ同好会の体ていすらたっていない上に、何をする集団なのかも解らないのである。「それだったら、団でいいじゃない」という意味不明なハルヒのヒトコトによりめでたくそのように決まった。

 朝比奈さんはあきらめきったように口を閉とざし、長門有希は部外者であり、俺は何を言う気にもなれなかったため、賛成一、棄権三で「SOS団」はめでたく発足の運びとなった。


 好きにしろよ、もう。


 毎日放課後ここに集合ね、とハルヒが全員に言い渡わたして、この日は解散となった。肩を落としてトボトボ廊下ろうかを歩いている朝比奈さんの後姿があまりに哀あわれを催もよおしたので、

「朝比奈さん」

「何ですか」

 年上にまったく見えない朝比奈さんは純真そのものの無垢むくな顔を傾かたむけた。

「別に入んなくてもいいですよ、あんな変な団に。あいつのことなら気にしないで下さい。俺が後から言っときますから」

「いえ」

 立ち止まって、彼女はわずかに目を細めた。笑みの形の唇くちびるから綿毛のような声が、

「いいんです。入ります、わたし」

「でも多分、ろくなことになりませんよ」

「大丈夫です。あなたもいるんでしょう?」

 そういや俺は何でいるんだろうな。

「おそらく、これがこの時間平面上の必然なんでしょうね......」

 つぶらと表現するしかない彼女の目が遠くのほうを見た。

「へ?」

「それに長門さんがいるのも気になるし......」

「気になる?」

「え、や、何でもないです」

 朝比奈さんは慌あわてた感じで首をぶんぶん振ふった。ふわふわの髪かみの毛がふわふわと揺ゆれる。

 そして朝比奈さんは照れ笑いをしながら深々と腰こしを折った。

「ふつつか者ですが、よろしくお願いします」

「まあ、そう言われるんでしたら......」

「それからあたしのことでしたら、どうぞ、みくるちゃんとお呼び下さい」

 にっこり微笑ほほえむ。

 うーん。眩暈めまいを覚えるほど可愛かわいい。

 ある日のハルヒと俺の会話。

「あと必要なのは何だと思う?」

「さあな」

「やっぱり謎なぞの転校生は押さえておきたいと思うわよね」

「謎の定義を教えて欲しいものだ」

「新年度が始まって二ヶ月も経たってないのに、そんな時期に転校してくる奴やつは充分じゅうぶん謎の資格があると思うでしょ、あんたも」

「親父おやじが急な転勤になったとかじゃねえのか」

「いいえ、不自然だわ。そんなの」

「お前にとって自然とはなんなのか、俺はそれが知りたい」

「来ないもんかしらね、謎の転校生」

「ようするに俺の意見なんかどうでもいいんだな、お前は」


 どうもハルヒと俺が何かを企くわだてている噂うわさが流れているらしい。

「お前さあ、涼宮と何やってんの?」

 こんなこと訊きいてくるのは谷口に決まっている。

「まさか付き合いだしたんじゃねえよな?」

 断じて違ちがう。俺が一体全体何をやっているのか、それはこの俺自身が一番知りたい。

「ほどほどにしとけよ。中学じゃないんだ。グラウンドを使い物に出来なくなるようなことしたら悪けりゃ停学くらいにはなるぜ」

 ハルヒが一人でやるんであれば俺はそこまで面倒めんどう見きれないがな。少なくとも、長門有希や朝比奈みくるさんに害が及およばないように注意はしておこう。こんな配慮はいりょの出来る自分がちょっと誇ほこらしい。

 暴走特急と化したハルヒを止める自身はあまりないけども。


「コンピュータも欲しいところね」

 SOS団の設立を宣言して以来、長テーブルとパイプ椅子いすそれに本棚ほんだなくらいしかなかった文芸部の部室にはやたらと物が増え始めた。

 どこから持ってきたのか、移動式のハンガーラックが部室の片隅かたすみに設置され、給湯ポットと急須きゅうす、人数分の湯飲みも常備、今どきMDも付いていないCDラジカセに一層しかない冷蔵庫、カセットコンロ、土鍋どなべ、ヤカン、数々の食器は何だろうか、ここで暮らすつもりなんだろうか。

 今、ハルヒはどっかの教室からガメてきた勉強机の上であぐらをかいて腕うでを組んでいた。その机にはあろうことか「団長」とマジックで書かれた三角錐さんかくすいまで立っている。

「この情報化時代にパソコンの一つもないなんて、許し難がたいことだわ」

 誰だれを許さないつもりなのか。

 一応メンバーは揃そろっていた。相も変わらず長門有希は定位置で土星のマイナー衛星が落ちたとかどうしたとかいうタイトルのハードカバーを読みふけり、来なくてもいいのに生真面目きまじめにもちゃんとやって来た朝比奈みくるさんは所在なげにパイプ椅子に腰掛かけている。

 ハルヒは机から飛び降りると、俺に向かって実にいやぁな感じのする笑いを投げかけた。

「と言うわけで、調達に行くわよ」

 狩猟区しゅりょうくへ鹿撃しかうちに行くハンターの目でハルヒは言った。

「調達って、パソコンを? どこでだよ。電気屋でも襲おそうつもりか」

「まさか。もっと手近なところよ」

 ついてきなさい、と命令された俺と朝比奈みくるさんを引き連れてハルヒが向かった先は、二軒けん隣となりのコンピューター研究部だった。

 なるほど。

「これ持ってて」

 そう言って俺にインスタントカメラを渡わたす。

「いいこと? 作戦を言うから、その通りにしてよ。タイミングを逃のがさないように」

 俺に身を屈かがめさせてハルヒは耳元でその「作戦」とやらをごにょごにょと呟つぶいた。

「ああん? そんな無茶苦茶な」

「いいのよ」

 お前はいいかもしれんが。俺は不思議そうにこっちを見ている朝比奈さんを一瞥いちべつし、アイコンタクトを図はかった。

 とっとと帰ったほうがいいですよ。

 目をパチパチさせている俺を朝比奈さんは怪訝けげんそうな顔で見上げ、いかなる理屈りくつか、頬ほおを赤らめた。だめだ、通じていない。

 そんなことをしているうちにハルヒは平気な顔でコンピュータ研究部のドアをノックもなしに開いた。

「こんちわー! パソコン一式、いただきに来ましたー!」

 間取りは同じだが、こちらの部室はなかなか手狭てぜまだった。等間隔とうかんかくで並んだテーブルには何台ものディスプレイとタワー型の本体が載のっていて、冷却れいきゃくファンの回る低い音が室内の空気を振動しんどうさせている。

 席についてキーボードをカチャカチャと叩たたいていた四人の男子生徒、何事かと身を乗り出して入り口に立ちふさがるハルヒを凝視ぎょうししていた。

「部長は誰?」

 笑いつつも横柄おうへいにハルヒが言い、一人が立ち上がって答えた。

「僕だけど、何の用?」

「用ならさっき言ったでしょ。一台でいいから、パソコンちょうだい」

 コンピュータ研究部部長、名も知れぬ上級生は「何言ってんだ、こいつ」という表情で首を振ふった。

「ダメダメ。ここのパソコンはね、予算だけじゃ足りないから部員の私費を積み立ててようやく買ったものばかりなんだ。くれと言われてあげるほどウチは機材に恵めぐまれていない」

「いいじゃないの一個くらい。こんなにあるんだし」

「あのねえ......ところでキミたち誰?」

「SOS団団長、涼宮ハルヒ。この二人はあたしの部下その一と二」

 言うにことかいて部下はないだろう。

「SOS団の名において命じます。四の五の言わずに一台よこせ」

「キミたちが何者かは解わからないけど、ダメなもんはダメ。自分たちで買えばいいだろ」

「そこまで言うのならこっちにも考えがあるわよ」

 ハルヒの瞳ひとみが不敵な光を放つ。よくない兆候である。

 ぼんやり立っていた朝比奈さんの背を押してハルヒは部長へと歩み寄り、いきなりそいつの手首を握にぎりしめたかと思うと、電光石火の早業で部長の掌てのひらを朝比奈さんの胸に押しつけた。

「ふぎゃあ!」

「うわっ!」

 パシャリ。

 二種類の悲鳴をBGMに聞きながら俺はインスタントカメラのシャッターを切った。

 逃にげようとする朝比奈さんを押さえつけ、ハルヒは右手につかんだ部長氏の手でぐりぐりと小柄こがらな彼女の胸をまさぐった。

「キョン、もう一枚撮とって」

 不本意ながら俺はシャッターボタンを押すのだった。すまない、朝比奈さん。と、名も知らぬ部長。朝比奈さんのスカートの中に突つっ込まれる寸前に部長はやっと手を振り解いて跳とびすさった。

「何をするんだぁ!」

 紅潮したその顔面の前で、ハルヒは優雅ゆうがに指を振るった。

「ちちち。あんたのセクハラ現場はばっちり撮らせてもらったわ。この写真を学校中にばらまかれたくなかったら、とっととパソコンをよこしなさい」

「そんなバカな!」

 口角泡こうかくあわを飛ばして抗議こうぎする部長。その気持ちはよく解る。

「キミが無理矢理やらせたんじゃないか! 僕は無実だ!」

「いったい何人があんたの言葉に耳を貸すかしらねえ」

 見ると朝比奈さんは床ゆかにへたり込んでいた。驚おどろきを通り越こしてもはや虚脱きょだつの境地である。

 なおも部長は抗弁する。

「ここにいる部員たちが証人になってくれる! それは僕の意思じゃない!」

 唖《あ》然ぜんと大口を空けて石化していた三人のコンピュータ研部員たちが、我に返ったようにうなずいた。

「そうだぁ」

「部長は悪くないぞぉ」

 しかしそんな気の抜ぬけたシュプレヒコールが通用するハルヒではなかった。

「部員全員がグルになってこのコを輪姦りんかんしたんだって言いふらしてやるっ!」

 俺と朝比奈さんを含ふくむ全員の顔が青ざめた。いくらなんでもそれはないだろう。

「すすす涼宮さんっ......!」

 足にすがりつく朝比奈さんの手を軽く蹴飛けとばして、ハルヒは傲然ごうぜんと胸を反そらした。

「どうなの、よこすの、よこさないの!」

 赤から青へ目まぐるしく変色していた部長の顔はとうとう土気色になった。

 ついに彼は陥落かんらくした。

「好きなのを持って行ってくれ......」

 倒たおれ込むように椅子いすに背を投げ出した部長に他の部員たちが駆かけ寄った。

「部長!」

「しっかりしてください!」

「気を確かに!」

 糸の切れたマリオネットの動きで部長は首をうなだれた。ハルヒの片棒をかついでいる俺ではあるのだが、同情を禁じ得ない。

「最新機種はどれ?」

 どこまでも冷徹れいてつな女である。

「なんでそんなことを教えなくちゃいけないんだよ」

 怒おこる部員の言葉もなんのその、ハルヒは無言で俺が持つカメラを指さした。

「くそ! それだよ!」

 そいつが指さしたタワー型のメーカー名と型番を覗のぞき込みつつハルヒはスカートのポケットから紙切れを取り出した。

「昨日、パソコンショップに寄って店員にここ最近出た機種を一覧にしてもらったのよねえ。これには載のってないみたいだけど?」

 あまりの周到しゅうとうさに慄然りつぜんとするね。

 ハルヒはテーブルをぬって確認して回り、その中の一台を指名した。

「これちょうだい」

「待ってくれ! それは先月購入こうにゅうしたばかりの......!」

「カメラカメラ」

「......持ってけ! 泥棒どろぼう!」

 まさしく泥棒だ。返す言葉もない。

 ハルヒの要求はとどまるところを知らない。各ケーブルを引っこ抜かせたハルヒはディスプレイから何からいっさいがっさいを文芸部室に運ばせたあげく配線し直すように求め、さらにインターネットを使用できるようにLANケーブルを二つの部屋の間に引かせ、ついで学校のドメインからネットに接続できるようにすることを申しつけ、そのすべてをコンピュータ研部員にやらせた。盗人猛々ぬすっとたけだけしいとはこのことだろう。

「朝比奈さん」

 すっかり手持ちぶさたになってしまった俺は両手で顔を覆おおってうずくまる小さな身体からだに、

「とりあえず帰りましょう」

「ぅぅぅぅ......」

 しくしく泣いている朝比奈さんを介添かいぞえして立たせた。自分の胸を握にぎらせたらよかったのにな、ハルヒも。男の目の前でも平気で着替きがえをするあいつなら、んなこと屁へとも思わないだろうに。泣きやまない朝比奈さんを宥なだめながら、パソコンを使って何をするつもりなのかと俺は考えた。

 まあ、ほどなく明らかになったのだが。


 SOS団のウェブサイト立ち上げ。

 ハルヒはそれがしたかったようだ。で、誰だれが作るんだ? そのウェブサイトやらを。

「あんたが」

 と、ハルヒは言った。

「どうせヒマでしょ。やりなさいよ。あたしは残りの部員を探さなきゃならないし」

 パソコンは「団長」と銘めい打たれた三角錐さんかくすい付きの机に置かれていた。ハルヒはマウスを操ってネットサーフィンしながら、

「一両日中によろしくね。まずサイトが出来ないことには活動しようがないし」

 我関せずとばかりに本を読む長門有希の横で朝比奈さんはテーブルに突つっ伏ぷして肩かたを震ふるわせていた。ハルヒの言葉を聞いているのは、どうやら俺だけであり、ハルヒの託宣たくせんを聞いた以上は俺がそれをしないといけないようなのである。少なくともハルヒがそう思っているのは間違まちがいない。

「そんなこと言われてもなあ」

 言いながらも俺はけっこう乗り気だった。いやいや、ハルヒの命令口調になれてきたからじゃないぜ。サイト作りさ。やったことないけど、なんか面白おもしろそうじゃないか。

 つまりそういうわけで、次の日から俺のサイト作成奮闘記が始まった。


 とは言え、奮闘することもそうそうなかった。さすがコンピュータ研究部、あらかたのアプリケーションはすでにハードディスク内に収まっており、サイトの作成もテンプレートに従ってちょこっと切ったり貼はったりすればよかったからだ。

 問題はそこに何を書くかである。

 なにせ俺はSOS団が何を活動理念とした団体なのか未いまだに知らないのだ。知らない活動理念について書けるはずもなく、トップページに「SOS団のサイトにようこそ!」と書いた画像データを貼り付けた段階で俺の指はハタと止まった。いいから作れ早く作れとハルヒが呪文じゅもんのように耳元で言い続けるのがやかましいので、こうして昼休みに弁当を食いながらマウスを握りしめている俺だった。

「長門、何か書きたいことってあるか?」

 昼休みにまで部室に来て本を読んでいる長門有希に訊きいてみた。

「何も」

 顔も上げやしない。どうでもいいがこいつはちゃんと授業に出ているんだろうな。

 長門有希の眼鏡めがね顔から十七インチモニタに目を戻もどし、俺は再び考え込んだ。

 もう一つの問題がある。正式に認可を受けていない同好会以下の怪あやしげな団のサイトを、学校のアドレスで作ってしまっていいものなのだろうか。

 バレなきゃいいのよ、とはハルヒの弁。バレたらバレたで放ほっときゃいいのよ、こんなもんはね、やったもん勝ちなのよ!

 この楽観的で、ある意味前向きな性格はちょっとだけうらやましい。

 適当に拾ってきたフリーCGIのアクセスカウンタを取り付け、メールアドレスを記載きさいして、----掲示板けいじばんは時期尚早じきしょうそうだろう----タイトルページのみでコンテンツ皆無かいむという手抜てぬき以前のホームページをアップロードした。

 こんなんでいいだろ。

 ネット上でちゃんと表示されていることを確認して俺はアプリを次々消してパソコンを終了しゅうりょうさせ、大きく伸のびをしようとして、長門有希が背後にいることに気付いて飛び上がった。

 気配ってもんがないのか。いつの間にかに俺の後ろを取っていた長門の能面のような白い顔。わざとやっても出来そうにない見事な無表情で長門は俺を視力検査表でも見るような目つきで見つめていた。

「これ」

 分厚い本を差し出した。反射的に受け取る。ずしりと重い。表紙は何日か前に長門が読んでいた海外SFのものだった。

「貸すから」

 長門は短く言い残すと俺に反駁はんばくするヒマを与あたえることなく部屋を出て行った。こんな厚い本を貸されても。一人取り残された俺の耳に、昼休みがもうすぐ終わることを告げる予鈴よれいが届いた。どうも俺の周りには俺の意見を聞こうとする奴やつが少ないみたいだ。

 ハードカバー本を手みやげに教室へ戻った俺の背中をシャープペンの先がつついた。

「どう、サイト出来た?」

 ハルヒが難しい顔をして机にかじりついていた。破ったノートに何やらせっせとペン先を走らせている。俺は出来るだけクラスの注目を浴びないようなさりげなさを装よそおって、

「出来たには出来たが、見に来た奴が怒おこりそうな何もないサイトだぞ」

「今はまだそれでもいいのよ。メールアドレスさえあればオッケー」

 じゃあ携帯けいたいメールでも充分じゃないか。

「それはダメ。メールが殺到すると困る」

 何をどうすれば登録したばかりのアドレスにメールが殺到するんだ?

「内緒ないしょ」

 そしてまたいやぁな感じの笑い。不気味だ。

「放課後になったら解わかるわよ。それまで極秘ごくひ」

 永遠に極秘にしておいて欲しい。

 次の六時間目、ハルヒの姿は教室になかった。おとなしく帰っていてくれればいいのだが、まずあり得まい。悪事の前段階。


 その放課後である。自分のやっていることに疑念を覚えつつ、つい部室へと足を向けてしまうのは何故なぜだろうと形而上けいじじょう学的な考察を働かせながら俺は文芸部室へとやって来た。

「ちわー」

 やっぱりいる長門有希と、両手を揃そろえて椅子いすに座っている朝比奈みくるさん。

 人のことは言えないが、よっぽどヒマなのか、この二人は。

 俺が入っていくと朝比奈さんはあからさまにホッとした表情になって会釈えしゃくした。長門と二人で密室にいたら、そりゃ疲つかれるわな。

 つーか、あなた、あんな目にあいながらよく今日も来ましたね。

「涼宮さんは?」

「さあ、六限にはすでにいませんでしたけどね。またどこかで機材を強奪ごうだつしてるんじゃないですか」

「あたし、また昨日みたいなことしないといけないんでしょうか......」

 額に縦線を浮うかべてうつむく朝比奈さんに、俺は精一杯せいいっぱいの愛想あいその良さで

「大丈夫だいじょうぶです。今度あいつが無理矢理朝比奈さんにあんなことしようとしたら、俺が全力で阻止そしします。自分の身体からだでやりゃいいんですよ。涼宮なら楽勝です」

「ありがとう」

 ペコリと頭を下げるはにかんだ微笑ほほえみのあまりの可愛かわいさに思わず朝比奈さんを抱だきしめたくなった。しないけどね。

「お願いします」

「お願いされましょう」

 太鼓判たいこばんを押したのはいいが、俺のそんな約束が机上きじょうの空論、砂上の楼閣ろうかく、太陽内部の水素原子のように崩壊ほうかいするまでに五分とかからなかった。ダメ人間だ、俺。

「やっほー」

 とか言いながらハルヒ登場。両手に提さげているでかい紙袋かみぶくろが俺の目を引いた。

「ちょっと手間取っちゃって、ごめんごめん」

 上機嫌じょうきげん時のハルヒは必ず他人の迷惑めいわくになりそうなことを考えていると見て間違まちがいない。

 ハルヒは紙袋を床ゆかに置くと後ろ手でドアの鍵かぎをかけた。その音に反射的にビクンとなる朝比奈さん。

「今度は何をする気なんだ、涼宮。言っとくが押し込み強盗ごうとうのマネだけは勘弁かんべんな。あと脅迫きょうはくも」

「何言ってんの? そんなことするわけないじゃないの」

 では机に載のっているパソコンは何だ。

「平和裏へいわりに寄付してくれたものよ。そんなことより、ほら、これご覧なさい」

 紙袋の一つからハルヒの取り出したものは、何やら手書き文字が印刷されたA4の藁半紙わらばんしである。

「わがSOS団の名を知らしめようと思って作ったチラシ。印刷室に忍しのび込んで二百枚ほど刷ってきたわ」

 ハルヒは俺たちにチラシを配った。授業をサボってそんなことをしていたのか。よく見つからなかったもんだ。別段見たくもなかったが俺はとりあえず受け取ったそれに目を通す。


『SOS団結団に伴ともなう所信表明。

 わがSOS団はこの世の不思議を広く募集ぼしゅうしています。過去に不思議な経験をしたことのある人、今現在とても不思議な現象や謎なぞに直面している人、遠からず不思議な体験をする予定の人、そういう人がいたら我々に相談するとよいです。たちどころに解決に導きます。確実です。ただし普通ふつうの不思議さではダメです。我々が驚おどろくまでに不思議なコトじゃないといけません。注意してください。メールアドレスは......』


 この団の存在意義がだんだん解わかってきた。どうあってもハルヒはSFだかファンタジーだかホラーだかの物語世界に浸ひたってみたいらしい。

「では配りに行きましょう」

「どこでだよ」

「校門。今ならまだ下校していない生徒もいっぱいいるし」

 はいはいそうですか、と紙袋を持とうとした俺を、しかしハルヒは制した。

「あんたは来なくていいわよ。来るのはみくるちゃん」

「はい?」

 両手で藁半紙を握にぎりしめ駄文だぶんを読んでいた朝比奈さんが首を傾かしげる。ハルヒはもう一つの紙袋をごそごそかき回し、そして勢いよくブツを取り出した。

「じゃあああん!」

 猫ねこ型ロボットのように得意満面にハルヒが手にしているのは最初黒い布切れに見えた。が、オーノー! ハルヒが四次元ポケットよろしく次々出してきたアイテムが揃うにつれ、俺はなぜハルヒが朝比奈さんを指名したのかを悟さとり、そして朝比奈さんのために祈いのった。あなたの魂たましいに安らぎあれ。

 黒いワンウェイストレッチ、網あみタイツ、付け耳、蝶ちょうネクタイに、白いカラー、カフス及およびシッポ。

 それはどこからどう見てもバニーガールの衣装なのだった。

「あのあのあの、それはいったい......」

 怯おびえる朝比奈さん。

「知ってるでしょ? バニーガール」

 こともなげに言うハルヒ。

「まままさかあたしがそれ着るんじゃ......」

「もちろん、みくるちゃんのぶんもあるわよ」

「そ、そんなの着れませんっ!」

「だいじょうぶ。サイズは合っているはずだから」

「そうじゃなくて、あの、ひょっとしてそれ着て校門でビラ配りを、」

「決まってるじゃない」

「い、いやですっ!」

「うるさい」

 いかん、目が据すわっている。群れからはぐれたガゼルに襲おそいかかるライオンのメスのような俊敏しゅんびんな動きで朝比奈さんに飛びついたハルヒは、ジタバタする彼女のセーラー服を手際よく脱ぬがせ始めた。

「いやあああぁぁぁ!」

「おとなしくしなさい!」

 無茶なことを言いながらハルヒは朝比奈さんを取り押さえ、あっさりセーラー服を脱がせてしまうとスカートのホックに指をかけ、これは止めたほうがいいだろうと足を上げかけた俺は朝比奈さんと目があってしまい。

「見ないでぇ!」

 泣き声で叫さけばれて大急ぎで回れ右、ドアに走って----くそ、鍵かぎがかかっていがる----無駄むだにガチャガチャとノブを回してからやっと鍵を開けて転がるように廊下ろうかへ脱出だっしゅつした。

 その時横目で見たのだが、長門有希はまるで何事もなかったように本読みをしていた。

 何か言うことはないのか。

 閉めたドアにもたれかかった俺に、

「ああっ!」「だめえ!」「せめて......じ、自分で外すから......ひぇっ!」

 などと、あられもない朝比奈さんの悲痛そのものの悲鳴と、

「うりゃっ!」「ほら脱いだ脱いだ!」「最初から素直すなおにしときゃよかったのさ!」

 というハルヒの勝ち誇ほこった雄叫おたけびが交互こうごに聞こえてきた。むむむ。気にならんと言えば嘘うそになるなあ、さすがに。

 それからしばらくして合図があり、

「入っていいわよ!」

 少々ためらいながら部室に戻もどった俺の目が映し出したもの。それはどうしようもないまでに完璧かんぺきな二人のバニーガールだった。ハルヒも朝比奈さんも呆あきれるほど似合っていた。

 大きく開いた胸元むなもとと背中、ハイレグカットから伸のびる網タイツに包まれた脚あし、ひょこひょこ揺ゆれる頭のウサミミと白いカラーとカフスがポイントを高めている。何のポイントかは俺にだって解りはしない。

 スレンダーなくせして出ているところが出ているハルヒとチビっこいのに出るべきところが出ている朝比奈さんの組み合わせは、はっきり言って目の毒だ。

 うっうっうっと、しゃくりあげている朝比奈さんに「似合ってますよ」と声をかけるべきかどうか悩なやんでいるとハルヒが、

「どう?」

 どうと言われても、俺はお前の頭を疑うくらいしか出来ねえよ。

「これで注目度もばっちりだわ! この格好なら大抵たいていの人間はビラを受け取るわ。そうよね!」

「そりゃそんなコスプレした奴やつが学校で二人もうろついていたら嫌いやでも目立つからな......。長門はいいのか?」

「二着しか買えなかったのよ、フルセットだから高かったんだから」

「そんなもんどこで売ってんだ?」

「ネット通販つうはん」

「......なるほど」

 目線がいつもより高いと思ったら、ご丁寧ていねいにハイヒールまであつらえてやがる。

 ハルヒはチラシの詰つまった紙袋かみぶくろをつかむと、

「行くわよ、みくるちゃん」

 身体からだの前で腕うでを組み合わせている朝比奈さんは、助けを求めるように俺を見た。俺は朝比奈さんのバニースタイルにひたすら見とれるのみだった。

 ごめん。正直、たまりません。

 朝比奈さんは子供のようにぐずりながらテーブルにしがみついていたが、そこはハルヒのバカ力にかなうはずもなく、間もなく小さな悲鳴と共に引きずるように連れ去られ、二人のバニーは部屋から姿を消した。罪悪感にさいなまれつつ俺は力無く座ろうとして、

「それ」

 長門有希が床ゆかを差していた。目をやるとそこには乱雑に脱ぎ散らかされた二組のセーラー服と......あれはブラジャーか?

 ショートカットの眼鏡めがね女は黙だまりこくったまま指先をハンガーラックへと向け、そうしてもう用はすんだと言わんばかりに読書に戻る。

 お前がやってくれよ。

 ため息交じりで俺は女どもの制服を拾い上げてハンガーに、げっ、まだ体温が残ってるよ。生々しー。


 三十分後、よれよれになった朝比奈さんが戻ってきた。うわぁ、本物のウサギみたいに目が赤いやあ、なんて言っている場合じゃないな。慌あわてて俺は椅子いすを譲ゆずり、朝比奈さんはいつかみたいにテーブルに突つっ伏ぷして形のいい肩甲骨けんこうこつを揺らし始めた。着替きがええる気力もないらしい。背中が半ば以上も開いているから目のやり場に困る。俺はブレザーを脱いで震ふるえる白い背にかけてやった。めそめそ泣く少女とノーリアクションの読書好き。困惑こんわくする腰抜こしぬけ野郎やろう(俺のこった)が雰囲気ふんいき最悪の一室で無言のまますごす時間......。遠くで鳴っているブラバンのへたくそなラッパと野球部の不明瞭ふめいりょうな怒鳴どなり声がやけによく聞こえた。

 俺が今日の晩飯は何だろうなとかどうでもいいようなことを考え出した頃ころになって、ようやくハルヒが勇ましく帰還きかんした。第一声、

「腹立つーっ! なんなの、あのバカ教師ども、邪魔じゃまなのよ、邪魔っ!」

 バニー姿で怒おこっていた。だいたい何が起こったのか解わかる気がするが、一応訊きいてみよう。

「何か問題でもあったのか」

「問題外よ! まだ半分しかビラまいてないのに教師が走ってきて、やめろとか言うのよ! 何様よ!」

 お前がな。バニーガールが二人して学校の門でチラシ配ってたら教師じゃなくても飛んでくるってーの。

「みくるちゃんはワンワン泣き出すし、あたしは生活指導室に連行されるし、ハンドボールバカの岡部も来るし」

 生活指導担当の教師も岡部担任もさぞかし目が泳いでいたことだろう。

「とにかく腹立つ! 今日はこれで終わり、終了しゅうりょう!」

 やおらウサミミをむしりとったハルヒはそれを床に叩たたきつけると、バニーの制服を脱ぬごうとし、俺は走って部室を後にした。

「いつまで泣いてんの! ほら、ちゃちゃと立って着替える!」

 廊下ろうかの壁かべにもたれて二人の着替えが終わるのを待つ。露出狂ろしゅつきょうというわけではなく、ハルヒは自分たちの半裸はんら姿が男にどういう影響えいきょうを与あたえるかがまったく理解できていないのだろう。バニーガールのコスプレも扇情せんじょう的なところに着目したからではなく、単に目立つからに違ちがいない。

 まともな恋愛れんあいが出来ないはずである。

 少しは男の、少なくとも俺の目くらいは気にかけて欲しいものだ。気疲きづかれすることこの上ない。朝比奈さんのためにも、そう願わずにはいられない。それにしても......長門も少しは何か言ってくれよ。

 やがて部室から出てきた朝比奈さんは滑すべり止めすら引っかからずすべての受験に失敗した直後の三浪ろう生のような顔になっていた。かける言葉が見つからないので黙っていたら、

「キョンくん......」

 深海に沈しずんだ豪華ごうか客船から発せられる亡霊ぼうれいのような声が、

「......私がお嫁よめに行けなくなるようなことがあったら、もらってくれますか......?」

 何と言うべきか。って言うか、あなたも俺をその名で呼ぶのですか。

 朝比奈さんは油の切れたロボットの動きでブレザーを返した。胸に飛び込んで泣いてくれたりするのかなと不埒ふらちなことを一瞬いっしゅん考えたのだが、彼女は古くなった青葉のようにひしゃげきった面持おももちで歩き去った。

 ちょっと残念。


 次の日、朝比奈さんは学校を休んだ。


 すでに校内に轟とどろいていた涼宮ハルヒの名は、バニー騒さわぎのおかげで有名を超越ちょうえつして全校生徒の常識にまでなっていた。それは構わない。ハルヒの奇行きこうが全校に知れ渡わたろうがどうしようが俺の知ったことではない。

 問題は涼宮ハルヒのオプションとして朝比奈みくるという名前が囁ささやかれることになったことと、周囲の奇異を見る目が俺にまで向いているような気がすることである。

「キョンよぉ......いよいよもって、お前は涼宮と愉快ゆかいな仲間たちの一員になっちまったんだな......」

 休み時間、谷口が憐あわれみすら感じられる口調で言った。

「涼宮にまさか仲間が出来るとはな......。やっぱ世間は広いや」

 うるさい。

「ほんと、昨日はビックリしたよ。帰り際ぎわにバニーガールに会うなんて、夢でも見ているのかと思う前に自分の正気を疑ったもんね」

 こちらは国木田。見覚えのある藁半紙わらばんしをヒラヒラさせて、

「このSOS団って何なの? 何するとこ、それ」

 ハルヒに訊いてくれ。俺は知らん。知りたくもない。仮に知っていたとしても言いたくない。

「不思議なことを教えろって書いてあるけど、具体的に何を指すの? そんで普通ふつうじゃダメって、よく解らないんだけど」

 朝倉涼子までやって来た。

「面白おもしろいことしているみたいね、あなたたち。でも公序良俗こうじょりょうぞくに反することはやめておいたほうがいいよ。あれはちょっとやりすぎだと思うな」

 俺も休めばよかった。


 ハルヒはまだ怒っていた。ビラ配りを途中とちゅうで邪魔された怒りもさることながら、今日の放課後になってもまるっきりSOS団宛あてのメールが届かなかったからである。一つ二つは悪戯いたずらメールが来るんじゃないかと思っていたのだが世間は思いのほか常識的であった。おおかた皆みな、ハルヒに関かかわると面倒めんどうくさいことになりそうだと考えたに違いない。

 空っぽのメールボックスを眉根まゆねを寄せて睨にらみながらハルヒは光学マウスを振ふり回した。

「なんで一つも来ないのよ!」

「まあ昨日の今日だし。人に話すのもためらうほどのすげえ謎なぞ体験なのかもしれんし、こんな胡散臭うさんくさい団を信用する気になれないだけかもしれん」

 俺は気休めを言ってやる。本当はだな、

 何か不思議な謎ありませんか。はい、あります。おお素晴らしい、私に教えてください。解わかりました、実は......

 なんてことになるわけないだろ。いいか、ハルヒ。そんなもんはマンガか小説の物語の中にしかないんだ。現実はもっとシビアでシリアスなんだよ。県立高校の一角で世界が終わってしまうような陰謀いんぼうが進行中とか、人間外の生命体が閑静かんせいな住宅地を徘徊はいかいしてるとか、裏山に宇宙船が埋うまってるとか、ないないない、絶対ないって。解るよな? お前も本当は理解してるんだろ? ただもやもやしたりやり場のない若さゆえのイラダチがお前を突つき抜ぬけた行動に導いているだけだよな。いいかげん目を覚まして、誰だれか格好のいい男でも捕つかまえて一緒いっしょに下校したり日曜日に映画行ったりしてろよ。それか運動部にでも入って思いっきり暴れてろ。お前なら即そくレギュラーで活躍かつやく出来るさ。

 ......と、もっともらしく説いてやりたいのだが多分五行くらい話したあたりで鉄拳てっけんが飛んでくるような予感がしたのでやめておいた。

「みくるちゃんは今日は休み?」

「もう二度と来ないかもな。可哀想かわいそうに、トラウマにならなければいいのだが」

「せっかく新しい衣装を用意したのに」

「自分で着ろよ」

「もちろんあたしも着るわよ。でも、みくるちゃんがいないとつまんない」

 長門有希は例によって希薄きはくな存在感とともにテーブルと一体化していた。別に朝比奈さんにこだわらず長門を着きせ替かえ人形にすればいいのに。ってのもあまりよくないが、それでも泣き虫の朝比奈さんと違ちがって長門は言われたとおりに淡々たんたんとバニーガールの衣装を身につけるような気がするし、それはそれで見てみたいような気もする。


 待望の転校生がやって来た。

 朝のホームルーム前のわずかな時間に俺はそれをハルヒから聞かされた。

「すごいと思わない? 本当に来たわよ!」

 欲しがっていたオモヤチャを念願かなって買ってもらえた幼稚園児ようちえんじのような飛びっきりの笑顔えがおでハルヒは机から身を乗り出していた。

 いったいどこで聞きつけてきたのか知らないが、その転校生は今日から一年九組に転入するのだと言う。

「またとないチャンスね。同じクラスじゃないのは残念だけど謎の転校生よ。間違いない」

 会ってもいないのにどうして謎だと解る。

「前にも言ったじゃないの。こんな中途半端ちゅうとはんぱな時期に転校してくる生徒は、もう高確率で謎の転校生なのよ!」

 その統計はいつ誰がどうやって取ったんだ。そっちのほうが謎だ。

 五月の中旬ちゅうじゅんに転校することになった学生はすべからず謎的存在なのだとしたら、日本全国には謎の転校生がたくさんいるんじゃないかと思うぞ。

 しかし独自の涼宮ハルヒ理論はそんな普遍ふへん的な常識の追随ついずいを許可したりはしないのである。一限が終了しゅうりょうすると同時にハルヒはすっ飛んで行った。謎の転校生にお目通りしに九組へと向かったのだろう。

 果たしてチャイムギリギリ、ハルヒは何やら複雑な顔つきで戻もどってきた。

「謎っぽかった?」

「うーん......あんまり謎な感じはしなかったなあ」

 当たり前だ。

「ちょっと話してみたけど、でもまだ情報不足ね。普通人の仮面をかぶっているだけかもしれないし、どっちかって言うとその可能性のほうが高いわ。転校初日から正体を現す転校生もいないだろうし。次の休み時間にも尋問じんもんしてみる」

 尋問ねえ。九組の奴やつらも驚おどろいただろう。俺は想像する。自分から誰だれかに話しかけるなどほぼ皆無かいむのハルヒが、いきなり自分たちの教室に踏ふみ込んで手近な奴を捕まえ「転校生はどいつ?」とか訊きいて答えを聞くや否やそっちへと突進とっしんし、おそらく親交を深めるべく団欒だんらん中の会話の輪へと突進し、その輪を突き崩くずして中心部へ侵入しんにゅう、驚く転校生に詰つめ寄って「どこから来たの? あんた何者?」などと詰問きつもんする様を。

 ふと思いつく。

「男? 女?」

「変装している可能性もあるけど、一応、男に見えたわね」

 じゃあ男なんだろ。

 てことは、SOS団にやっと俺以外の男子生徒が増えるということでもある。その男子は、ただ転校してきたというだけの理由で、有無うむを言わさず入団させられるのだ。しかしそいつが俺や朝比奈さんのようなお人好しとは限らない。そう上手くことが運ぶものだろうか。いくらハルヒが強引ごういん極きわまろうとも、もっと意思の強い人間ならば拒否きょひしおおせるのではないだろうか。

 員数が揃そろってしまえば本当に「世界を大いに盛り上げるための涼宮ハルヒの団」なるバカげた同好会を作らんといかんようになるではないか。学校サイドが認めるかどうかはさておいて、そのために走り回ることになるのは十中八九、俺だろう。そして俺は「涼宮ハルヒの手下」という称号しょうごうを手に入れてこの三年間を後ろ指差されて過ごすことになるのである。

 卒業後のことを具体的に考えているわけではないが漠然ばくぜんと大学には行きたいので、あまり内申ないしんに響ひびくような行動は慎つつしみたいのだが、ハルヒといる限りその望みは叶かないそうもない。

 どうしたものだろう。


 どうもこうもない。

 俺は羽交はがい締じめにしてでもハルヒを制止してSOS団を解散させるべきだったのだ。

 それからハルヒをこんこんと説得し、まともな高校生活を送らせるべきだったのだ。

 宇宙人や未来人や超能力ちょうのうりょく者なんざ、まるっと無視して適当な男を見つけて恋愛れんあいに精を出したり運動部で身体からだを動かしたり、そういうふうな凡庸ぼんようたる一生徒として三年間を過ごさせるべきだったのだ。

 そう出来たらどんなによかっただろう。

 俺にもっと絶対的な意思力と行動力があれば、涼宮ハルヒという急流に流されるまま奇妙きみょうな海へ泳ぎ着くこともなかっただろう。なべて世はこともなく、俺たちは普通に三年間を過ごして普通に卒業したに違ちがいない。

 ......多分な。

 今、俺がこんなことを言うのも、つまり全然普通ではないことが実際に俺の身の上に降りかかったからであるのは、この話の流れからして、もうお解わかりだろう。

 どこから話そうか。

 まずその転校生が部室に来たあたりからかな。